大崎公園
大崎公園
逗子の海を一望したいならまずここ。「かながわの公園50選」の一。
住所 逗子市小坪4-739
行き方 「披露山入口」バス停より徒歩約20分、「小坪海岸」バス停より徒歩約15分
広さ 21,371平方メートル
施設 見晴台、あずまや、ベンチ、トイレ
駐車場 なし、披露山公園駐車場を利用
関連施設 披露山公園:レストハウス(営業:土日祝 11:00 ~ 16:00 雨天休業)、展望台、トイレ(身障者用あり)、ジュース自動販売機 、駐車場( 8:30 ~ 16:30 時間外は閉鎖 49台)

大崎公園突端の見晴台 ぐるりと海が見渡せる
ハイキングガイド

「逗子 ハイキングウォーキング ガイド」

逗子市では、市内を巡るハイキングコースを設定している。「ガイド」は市役所などで手に入る。

披露山コース(約5.5㎞ 約1時間半)

JR逗子駅・京急逗子駅からバス→緑ヶ丘入口バス停→光明寺団地→小坪坂→姥ヶ谷→住吉城址周辺→正覚寺→海前寺→小坪寺→佛乗院→天照大神宮披露山公園→七曲り→高養寺→不如帰の碑→JR逗子駅・京急逗子駅

なぎさ~ふれあいロード(約3㎞ 約45分)

JR逗子駅・京急逗子駅からバス→披露山入口バス停披露山公園大崎公園→浪子不動→(逗子海岸)→蘆花記念公園→六代御前まえバス停→JR逗子駅・京急逗子駅

この他にも、名越切通コース(約5.5㎞ 約1時間半)・神武寺コース(約6.5㎞ 約2時間)・六代御前コース(約4.5㎞ 約1時間)・二子山コース(約12㎞ 約3時間)もある。

相模湾に突き出た大崎 潮が引けば岬の先端まで歩いて行ける。「八大龍王社」は、初めは西浜にあったそうだ。「海の中にあった」と記述するものもあり、潮の満ち干の影響を受ける場所にあったのだろう
折原みとさん
現代の作品にも登場する「小坪」
古くは明治時代の小説だけでなく、現在活躍中の作家の作品を読むのも、臨場感が強く、楽しいものである。『おひとりさま、犬をかう』(エッセイ・折原みと著・講談社文庫)は、「小坪」という地名そのものは出てこないけれど、「ははあ、あのあたりかな?」などと、ひとり悦に入りながら読むのも愉しい。一方、『天国の郵便ポスト』(小説)は、逗子銀座から逗子海岸にかけてが舞台で小坪は登場しない。ざんねん。ご近所の披露山公園が重要シーンとして描かれていた。小説が終わるころには、恥ずかしながら、ウルウルしてしまった……。

折原みとさん=漫画家・小説家。少女漫画家としてデビュー。『時の輝き』がミリオンセラーに。

「披露山入口」バス停で下車、披露山の坂を道なりにおよそ15分ほど上っていく。分岐点で左へ行けば、山道は披露山公園を抜け、白滝山高養寺浪子不動を経て、逗子海岸へと至る。反対に右に折れれば、道は、日本のビバリーヒルズとも称される披露山庭園住宅を横断して大崎公園へとたどり着く。

大崎公園は、相模湾に突き出た岬の崖上に位置する。標高72メートル。ならば、海が左右にパノラマのように一望できるのは、しごく当たり前。逗子海岸と背後の長柄桜山古墳群、小坪漁港、逗子マリーナ、富士と江ノ島、どこまでも続く青い水平線、この爽快感……日本のうつくしい原景のひとつかと。「逗子第一の海の絶景」と、あえて月並みな言葉で賛辞をそえておきたい。

神津桜 大島桜と寒緋桜の自然交雑種。1955年に静岡県河津町で見つかった。1月下旬~2月開花の早咲きで花期も1カ月と長い。染井吉野より濃い桃色
左:逗子海岸の花火。逗子の花火は5月末か6月のはじめとはやい。右:薄といえば、秋の空
兎の歌碑 酉年の鏡花の向い干支は兎。江戸時代より向かい干支の物を集めると幸運が訪れるとされ、鏡花は兎にちなむものを収集していた。また、古くから兎と波は付き物

大崎公園での季節ごとの楽しみ方といえば……。

春は、桜。河津の桜

夏は、梅雨時の紫陽花。紺碧の海。青葉を通り抜ける涼やかな風。夏の夜の逗子海岸の花火。
そして、秋といえば、秋雲にすすき。

「秋の雲 尾上のすゝき 見ゆるなり」

園内にあるうさぎ型の歌碑に刻まれた、明治の文豪・泉鏡花の句である。

泉鏡花は、明治35年(1902年)7月(三浦半島の史跡みち: 逗子・葉山・横須賀・三浦)30歳の時、恋仲であった芸者・伊藤スズを追って初めて逗子を訪れた。その後8年ほどの間、逗子(桜山と亀井)に住むことになる。桜山時代には、「台所より富士見ゆ」などと随筆「逗子だより」に描写する。また、妻となったスズと胃腸病養生のため亀井に住んだ明治39年より3年の間に、『春昼』(しゅんちゅう 明治39年)『春昼後刻』(明治39年)『婦系図』(明治40年)などの作品を発表している。逗子が舞台に描かれている作品を読むなら、「起誓文」(明治35)「舞の袖」(明治36)等々。

ところで、大崎の断崖近く、「どうしよう」と呼ばれる地があるそうだ。永正9年(1512年)、北条早雲軍に追われた三浦勢が絶壁に行く手を阻まれ「どうしよう」と嘆いたことより付けられた名前という。人を食ったようなネーミングだが、うつくしい大崎にも敗者の哀しいそんな歴史も刻まれているのである(→About Kotsubo)。こののち、三浦氏は滅亡へと至る。

大崎の鼻 海原に向かい「八大龍王社」と刻された岩が建っている

崖下は、大崎の鼻と呼ばれ、小坪の漁師が信仰する八大龍王社があった。現在は、鳥居の一部と「八大龍王社」と刻された岩のみだが、潮が引いているときには、漁港から歩いて行ってみるのも面白い(満ち潮のときは岩壁に張り渡された綱につかまってはいつくばっていくんだそうだ。綱は見るからに頼りなく、引き潮を待ったほうが賢明だろう)。神社そのものは、小坪漁港 の埠頭に移され、港を静かに見守っている。ここで、正月2日に「みかん投げ」が行われる(八大龍王社とみかん投げ)。

大井戸「殿の井(とんのい)」。小坂太郎の館の中にあったといわれる

大崎公園へは、「小坪海岸」あるいは「小坪」バス停近く、魚市場を左折して民家の間の坂道からも登っていくことができる。 

まずは、「大井戸」と呼ばれる古井戸に行き当たるが、この辺りは殿の内(とんのうち)とも呼ばれ、鎌倉のころは、この殿の内の通りがメインストリートだったそうで、『逗子 道の辺百史話』では、「源頼朝の愛妾亀の前がかくまわれていたのもこのあたりであろうか」と、想像を膨らませている。

さらに登っていくと見上げるばかりの延々とせりあがっていく石段が。おおよそ200段、小坪の総鎮守・天照大神宮へ至る信仰の道である。

天照大神宮の階段
天照大神宮の石段 おおよそ200段。見上げるとかなり急である

途中の眺望
100段ほど登った辺り、石段をみ外れた細い路より相模湾を望む

あと少しで到着
あと少し!

南町テラスの看板

近くの小坪飯島公園に、三浦半島一周サイクリングコースのマイルストーンが設置されてからだろうか。標高70メートルを越える大崎公園まで登ってくるサイクリストが増えてきたような気もする。
披露山庭園住宅までの登りに加え、大崎公園に達する最後の坂は歩きでもかなりの急坂で、たまに、若々しいサイクラーが顔を歪め、喘ぎながら登ってくるのとすれ違うこともある。
「がんばれ。絶景ももう間近だぞ」
思わず声をかけて、励ましたくなる。

ちょっと休憩するなら、「南町テラス」や「カフェシエスタ」(→Restaurant & Cafe)へ。