小坪飯島公園
小坪飯島公園 マイルストーン<海>
三浦半島一周サイクリングコース絶景ポイント
住所 逗子市小坪5-439-2
行き方 「リビエラ逗子マリーナ前」バス停下車徒歩数分
広さ 5,225平方メートル
施設 広場、複合遊具 、屋外プール(5レーンの25メートルプールと幼児用プール 住所:逗子市小坪5-24-9 電話:監視員室6月30日~ 0467-61-2087 開設期間:7月1日~9月15日 8:30~17:30 9月は、9:00~17:00 料金:大人200円・小中学生100円 市内在住の小中学生および65歳以上・障碍者は無料)
駐車場 なし
HP 三浦半島サイクリング

三浦半島一周サイクリングコース(約75㎞)

三浦半島一周サイクリングコース(約75㎞) 日刊スポーツWebサイトより転載

コース図

マイルストーン(観音崎公園から時計回り)
[横須賀市]県立観音崎公園(たたら浜)<黒船>
[横須賀市]北下浦海岸通り<水仙>
[三浦市]宮川公園<マグロと大根>
[横須賀市]荒崎公園<タカアシガニ>
[葉山町]湘南国際村<ツツジ>
[葉山町]長者ヶ先<ヨット>
[逗子市]小坪飯島公園<海>
[鎌倉市]鎌倉海浜公園<家族とビーチ>
CYCLE AID STATION
サイクリストをサポートする「CYCLE AID STATION」。空気入れやパンク修理セットを無料で借りられるスポットを示す(三浦半島観光連絡協議会より転載)

富士に江ノ島、鎌倉時代の遺港・和賀江島を、南の島を彷彿とさせる椰子並木の向こうに望む小坪飯島公園。その一角に、三浦半島一周サイクリング(LAUMI Cycling)コースのマイルストーン<海>が、設置されている。

小坪飯島公園マイルストーンのテーマは、海。

海岸や程よい高低差の丘が続き、変化にとんだ地形と景観を楽しめる三浦半島は、サイクリストたちにとってもともと根強い人気のエリアである。その三浦半島に位置する3市1町(鎌倉市、逗子市、葉山町、横須賀市)の首長が2013年に「三浦半島サミット」に集い「三浦半島自転車宣言」を採択、三浦半島エリアのサイクリングロード整備を行っていくとともに、コース上の選りすぐりの景勝地を8カ所選んで、各地域の特性を表現したブロンズ像を戴くマイルストーンを設置した。

海を眺めながら一息つける東屋、自転車のラック、マイルストーンをバックに自撮りできるカメラスタンドも併設されている。

ここを訪れる人のお目当ての第一は、もちろん、江ノ島と背後にそびえる富士の眺めだろう。江ノ島&富士との間に存在するものは青い海面の広がりのみ。季節により、時間により、また天候によって様々な顔を見せてくれる大自然の姿に、なんど足を運んでも、そのつど新たな感興にうたれようというもの。特に、春と秋それぞれのたった一日、夕陽がちょうど真上に沈んでいく束の間、宝石を戴いたように神々しく輝く「ダイヤモンド富士」。ぜひ一生に一度は、出会いたいものである。

飯島公園へ、「逗子ウォーキングハイキングガイド」披露山コースを行くのであれば、JR逗子駅から亀が岡団地循環バスの「緑ケ丘入口」バス停で下車、まずは5分ほど歩いたセブンイレブンの角を右折して小坪坂から姥子台(姥ヶ谷)へと向かう。そこからはハイキングガイドのコースの順路から外れ、国道134号線の反対側にわたった駐車場先の民家手前にある小さな階段を降りれば、丘の中腹を巡る細い道が小坪寺(しょうへいじ)・鷺浦学舎跡(明治7年この寺の本堂が仮校舎だった。のち逗子小学校と改名し移転)前を抜けて続いている。ここは近隣住民の生活道路となっていて家々の間を縫って丘を下りていく階段がいくつかあるが、ほぼどん詰まりの海前寺のあたりで降りれば、そこから飯島公園はほど近い。

飯島公園周辺は、歩いて行ける範囲に歴史的スポットが点在していて、歴史好きにはたまらない。

潮が引いて丸い石が現れた和賀江島は絶好の磯遊びの場
ウニ。2017年4月30日撮影

和賀江島
飯島公園から望む材木座海岸沖にある石積みの人口島。貞永元年(1232年)築島。現存最古の港湾施設である。往時和賀江津と呼ばれたこのあたりの海域は遠浅のため船の荷の積み下ろしが不便だった。また、着船流出事故も少なくなかったため、僧侶・往阿弥陀は、鎌倉幕府に対して築島を願い出た。時の鎌倉幕府第3代執権・北条泰時はこれを快諾。わずか26日ほどで竣工したという。以降、和賀江島は、鎌倉の重要な海の玄関口となり、このことが小坪の繁栄の契機ともなっていく。

もともと飯島の先は磯根(岩盤)となっていて水深が深くはない。その浅瀬に、何十万とも言われる丸い石(玉石)を積み重ねて基礎とし、さらに土砂を盛って堤防を築いたとみられる。現在でも、干潮時にはこの基礎の根石を見ることができる。特に春の大潮の干潮時に出現する長さ200・幅40メートルほどのきれいな半円形を眺めながら、往時の人々の奮闘と活気をしばし生き生きと空想してみるのも一興かと。

ここはまた、絶好の磯遊びの場ともなる。

シッタカ・トコブシの貝類にウニや小坪名産のタコ。あるいは古銭や中国産の青白磁の破片などが見つかることもあるそうだ。

住吉城址の由来を示す看板

住吉城址
プール裏の断崖の背後に広がる丘陵地帯は、戦国時代の山城・住吉城があったところ。永正7(1510)年、小田原の北条早雲による築城とされる。その後、三浦義同(よしあつ 出家後道寸)が落とし、弟・道香に守らせた。義同自らは相模・岡崎城(現・平塚市)へと移る。土塁、平場、掘割、間道などの遺構が見つかっていたが、近年の開発事業によって「兵どもの夢の跡」の佇まいは失われてしまっているのは、本当に残念。

永正9(1512)年、三浦義同は、再び早雲と干戈を交えるものの、8月あえなく岡崎城落城、道香の守る住吉城へと逃れてともに立て籠もった。しかしこの城も数日で落ち、道香主従七名は、逗子・田越川ほとりの延命寺付近で自刃したといわれる。一方義同は、子・義意の守る三浦氏の本拠、新井城(三崎城とも。現・三浦市)へとさらに逃れる。三方を海に囲まれた天然の要害である新井城で三年に亘って宿敵・早雲軍に抗するが、しかし、永正13年7月11日、ついに城は落とされた。ここに、三浦一族は滅亡することとなる。

住吉神社
住吉城の鎮守として建てられたという。正覚寺の裏手にある苔むした石段を上った先。地図を見てもわかりにくいせいか訪れる人も少なく、丘の上の静まり返った社域は森閑として何ともミステリアス。しかも神社背後の岩肌には隧道の入口ぽっかりと開いていて、ミステリー度はいや増すというもの。この隧道は、往時、場内から小坪への抜け道だったとか。中に入ることはできるが小坪側は塞がれているのでご用心。高度があるだけに神社からの眺めもお勧め。隠れた相模湾遠望スポット。

六角の井(矢の根井戸)
プールの向こう、海際の階段を上り細い道を道なりに抜けていくと左手にある。鎌倉十井戸のひとつ。井戸端は8角形に組まれているが、鎌倉分が6角、小坪分が2角のため、六角の井と呼ばれるようになった。

身の丈七尺余(2m10cm)弓手馬手より四寸(12cm)長し。強弓で知られる鎮西八郎為朝、配流された大島より天照山目掛けて遠矢を射るの図。
放たれた矢は、洋上をぐんぐんと飛んで行き六角の井へと至る。その距離、18里。挿絵:©佐野絵里子(Sano Eriko)
六角の井(矢の根井戸)

鎮西八郎為朝ゆかりの井戸だそうだ。保元の乱の折、父・為義に従って崇徳上皇方についた為朝は、戦に敗れ伊豆の大島に流された。その際、強弓で名高かった為朝は弓が引けぬようにと右腕の筋を断ち切られてしまうが、ある日、配流地から鎌倉の天照山目指して弓を射たところ、なんと、矢は、海を越えてぐんぐん飛んで行く。そしてついに天照山麓の井戸に落ち、そこからおいしい水が滾々と涌き上がり水不足に苦しんできた人々を救ったという。今も、井戸の中段には、竹筒に封じた鏃(やじり)が祀られている。

現在は、一面が格子になっている小屋の中に隔離され、「危険」との表示があるので、上から覗き込むことはできない。残念。

このあたりの「ゆうき食堂」といった食事処はボリュームたっぷりなので、腹ペコサイクリストにはうってつけ。おしゃれに休憩したいのであれば、「カフェ・コピアルック」やリビエラの「Ron Herman Cafe」(→Restaurant&Cafe)へ。